大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ワ)912号 判決 1992年5月07日
原告
加藤正敏
外五二八名
被告
甲野一郎
被告
甲野春子
原告ら訴訟代理人弁護士
宮﨑乾朗
同
大石和夫
同
藤村睦美
同
山田庸男
同
淺田敏一
同
板東秀明
同
芝原明夫
同
京兼幸子
同
小亀哲治
同
金斗福
同
辰田昌弘
同
小泉伸夫
同
田渕謙二
同
関聖
同
津田尚廣
同
堀井昌弘
同
江後利幸
同
岡本哲
同
服部敬
同
藤井薫
被告ら訴訟代理人弁護士
安田孝
主文
一 被告らは、左記行為をするなどして、別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)を五代目山口組系黒誠会中赤心会及びその他の暴力団(以下、「赤心会等暴力団」という。)の事務所もしくは連絡場所として使用してはならない。
記
1 本件建物内で赤心会等暴力団の定例会もしくは儀式を行うこと
2 本件建物内に赤心会等暴力団構成員を立ち入らせること(これと同視し得る不作為を含む)
3 本件建物外壁に赤心会等暴力団を表象する紋章、文字板、看板、表札及びこれに類するものを設置すること
4 本件建物内に赤心会等暴力団の綱領、歴代組長の写真、幹部及び構成員の名札及び赤心会等暴力団を表象する紋章、提灯その他これに類するものを掲示すること
二 被告らは、本件建物の外壁の開口部(窓等)に鉄板等を打ち付け、又は投光機、監視カメラを設置してはならない。
三 被告らは、本件建物一階床下の貯蔵庫(別紙図面の赤斜線で囲まれた部分)を銃砲刀剣類所持等取締法で所持が禁止されている銃砲刀剣類等の保存の用に供してはならない。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
五 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
別紙「請求原因」に記載のとおり
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第一は、一、2の被告一郎が本件建物を同会の本部事務所として使用しようとしていることは否認し、その余は認める。
2 同第二は認める。
3 同第三は認める。
4(一) 同第四、一は、本件建物の客観的構造及び本件建物についてした被告春子の説明については認めるが、その余は争う。
(二) 同第四、二は、本件建物工事に関する建築基準法違反被告事件の取調べ等において、被告らが原告らが主張するような供述をしていることは認めるが、その余は争う。
(三)(1) 同第四、三、(1)は、第四段落の部分は争い、その余は認める。
(2) 同第四、三、(2)は、第四段落の部分は争い、その余は認める。
(3) 同第四、三、(3)は、第一、第二段落及び第三段落の第一、第二文は認め、その余は争う。
(4) 同第四、四は争う。
5 同第五は、一般論としては争わないが、被告らは本件建物を組事務所として使用する意思は全くないのであるから、原告らの主張はその前提を欠くものである。
理由
一請求原因第一は、一、2の被告一郎が本件建物を同会の本部事務所として使用しようとしていることを除き、その余は当事者間に争いがない。
二請求原因第二は当事者間に争いがない。
三請求原因第三は当事者間に争いがない。
四1 請求原因第四のうち次の事実は当事者間に争いがない。
(一) 一のうち、本件建物の客観的構造及び本件建物についてした被告春子の説明
(二) 二のうち、本件建物工事に関する建築基準法違反被告事件の取調べ等において、被告らが原告らが主張するような供述をしていること
(三) 三(1)のうち第一ないし第三段落
(2) 三(2)のうち第一ないし第三段落
(3) 三(3)のうち第一、第二段落及び第三段落の第一、第二文
2 右(一)の本件建物の客観的構造を前提にすれば、原告らが請求原因第四、一で指摘している疑問点はもっともなものであり、これに対し被告らからは右疑問点を解消するような合理的な説明はなされていない。
被告らは本件建物は暴力団事務所には使用しないと主張するのであるが、<書証番号略>及び当事者間に争いのない右1の事実によれば、本件建物は暴力団事務所として使用する目的で建築されたものであり、現に暴力団事務所として使用される危険性があるものと認めることができる。
五以上に認定したところによれば、本件においては、請求原因第五の人格権に基づく差止め請求の主張は正当なものと認めることができる。そして、本件建物が暴力団事務所として使用されることを差し止めるためには、具体的に主文一ないし三の各行為を禁止することが必要である。
六よって、主文のとおり判決する。
(裁判官小見山進)
別紙請求原因
構成
第一 当事者及び建物の構造
一 当事者
二 本件建物の位置・周囲の状況
第二 赤心会の実態
一 赤心会の沿革及び実態
二 黒誠会の実態及び赤心会との関係
第三 暴力団組事務所が周辺住民に与える危険性
一 犯罪集団としての暴力団
二 抗争事件発生時における危険性
三 犯罪実行場所等としての問題性
四 青少年に与える悪影響
第四 本件建物が組事務所として利用される危険性・蓋然性
一 本件建物の構造上の理由
二 組事務所として使用することを伺わせる被告らの供述(対警察)
三 本件建物が組事務所として使用される事情
四 被告らの組事務所には使用しない旨の一部住民に対する供述は信用できない。
第五 人格権に基づく差止め
一 平穏な生活に対する侵害
二 人格権に基づく差止め請求権
第一 当事者及び建物の構造
一 当事者
1 別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という)は、被告甲野春子(以下、「被告春子」という)が所有し、施工している。
2 被告甲野一郎(以下、「被告一郎」という)。は、暴力団山口組系黒誠会内赤心会(以下「赤心会」という)の組長として同会を主宰するものであり、本件建物を本部事務所として使用しようとしている者である。
3 被告春子は、被告一郎の元妻であり、現在も同棲中である。
4 原告らは、いずれも本件建物を中心としてその周辺に位置する肩書地に現に居住し、あるいは営業するなどして平穏な生活を営んでいる住民である。
二 本件建物の位置・周囲の状況
本件建物は南海本線七道駅から南の方向約一〇〇メートルの位置にあり、本件建物が所在する地域は閑静な住宅地域と商業地域が隣接し、近くには寺院も存在する。本件建物の周囲には各種商店をはじめ七道小学校等の建物があり、本件建物の前は小・中学生の通学路にあたる。本件建物の東には、内川緑地、南にはみずばしょう公園があり、子供や市民の憩いの場となっている。
本件建物の北及び西は民家に密着し、本件建物の南側は、道路を隔てて八階建てマンションであるサンメゾン堺と向いあっている。
第二 赤心会の実態
被告一郎が主宰する赤心会は、わが国最大の広域暴力団山口組直系の黒誠会に所属する暴力団である。
一 赤心会の沿革及び実態
1 赤心会の沿革
被告一郎は、本籍地(愛媛県松山市)の中学を卒業後、定職に就かず、放蕩の日々を送っていたが、昭和三八年ころ、松山市内の暴力団橋本会(会長乙川二郎)の組員を皮切りに、暴力団組員としての活動を開始した。昭和四〇年頃、恐喝・銃刀法違反で広島刑務所に服役した際、当時三代目山口組系地道組若中であった丙沢三郎と親交を深め、兄弟分の盃を交わし、昭和五二年頃三代目山口組系黒澤組が結成された後、昭和五四年頃来阪し、大阪市中央区(当時南区)等に黒澤組内甲野組として事務所を構えるに至った。
昭和五九年頃、山口組対一和会抗争の影響で丙沢三郎が引退し、丙沢組副長であった丁海四郎が四代目山口組系黒誠会を結成したが、被告一郎は、丁海四郎と昵懇の仲であったことから黒誠会副会長に就任すると同時に、自らも甲野組を赤心会と改名した。
黒誠会内における被告一郎の地位は、昭和六三年頃から副会長兼本部長、平成元年一二月から会長代行と昇格し、黒誠会の最高幹部である執行部の一人として現在に至っており、黒誠会の中心的存在である。
2 赤心会の実態
赤心会は、平成元年末頃ないし同二年初旬頃まで、大阪市南区(当時)<番地略>○○ビル三階三二号室を本拠としていたが、現在は大阪市中央区<番地略>に事務所を構えている。
現在、構成員は三〇名前後であり、表向きは(株)ダイワライフ、(株)ダイワライフ桃山開発、(株)プランニングエム、(株)甲野商事、(株)赤心興産等の名義を用いて企業経営を行っているが、会社整理への介入等を資金源としているものと推定されている。
3 被告一郎の前科及び抗争歴
被告一郎は、前記のとおり、昭和三八年頃より暴力団員としての活動を行っている者であるが、左記のとおりの前科を有する。
① 昭和三九年七月二四日、松山地方裁判所で逮捕監禁、暴力行為等取締法違反により懲役一年六月
② 昭和四〇年一二月一八日、高松高等裁判所で恐喝、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反により懲役三年
③ 昭和五六年一月一六日、大阪簡易裁判所で傷害により罰金五万円
④ 昭和五六年九月二九日、大阪地方裁判所で傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反、凶器準備結集により懲役五年
⑤ 平成三年一月二五日、堺簡易裁判所で、建築基準法違反により罰金二〇万円
右前科は、そのほとんどが暴力団組員特有の粗暴犯であり、かつ、暴力団組織の威力を背景に行われたものであり、被告一郎の粗暴性及び暴力団組織との強い親和性を顕著に示すものである。特に、右前科のうち④は、被告一郎が、甲野組組長であった時期に、飲食店における喧嘩を発端として、配下の組員と一緒に暴力団酒梅組系宇根組内平島組組員二名を甲野組宿舎兼事務所に連行したうえ、手拳で殴打し、木刀で多数回殴打する等の暴行を加え重傷を負わせたというものであるが、その際、配下組員の一人が相手方組員に対し拳銃を発砲したことから、被告一郎が違法にステッキ銃、回転弾倉式改造拳銃及び実包を所持していることが判明したのである。前記④の傷害事件をきっかけとして、甲野組と酒梅組系宇根組との対立抗争事件へと発展し、昭和五六年四月一二日午前九時三八分頃、宇根組組員二名が高木組宿舎兼事務所を襲撃、発砲している。これに対して、被告一郎は、宇根組事務所へ拳銃を撃ち込んで報復しようと企て、共同加害の目的を持って配下の組員を宇根組事務所付近路上にステッキ銃、改造拳銃を準備して集合させたが、その結果、右配下の組員が同日午前一一時五〇分頃、宇根組事務所を襲撃、発砲している。
二 黒誠会の実態及び赤心会との関係
1 黒誠会の実態
黒誠会は、大阪市北区<番地略>××ビル一階を本拠とし、前記丁海四郎が会長を務めるが、傘下に約一二団体(大阪府下のみの数字)、構成員約三〇〇余名を擁する組織である。会長丁海四郎は、昭和五九年六月、五代目山口組若頭補佐に昇格し、山口組の会計全般を担当するほか、抗争事件の際組員を指揮する重職にあり、山口組内におけるリーダー的存在である。黒誠会は、表向きは土木建築業、不動産業、貸金業等の正業を営んでいるが、債権取立て、会社整理等への介入等を資金源としているものと推定される。
2 黒誠会の抗争歴
(1) 山・一戦争
三代目山口組の分裂後、山口組四代目竹中正久が主宰する山口組と、山本広が主宰する一和会が対立することとなったが、昭和六〇年一月二六日、一和会組員による四代目山口組組長ら殺害事件が発生して以来、両派による報復反撃事件が激化し、全国で約三百数十件に及ぶ事件が発生し、約一〇〇名に及ぶ死傷者を出したもので、この抗争事件の一環として、黒誠会及びその傘下団体に対し、次の通り発砲事件が発生している。
① 昭和六〇年五月二七日午後三時頃、泉大津市<番地略>所在の黒誠会内菊総業事務所に対し拳銃発砲。
② 同年七月二九日午後一一時四三分頃、大阪市大淀区(当時)<番地略>所在の黒誠会事務所に対し拳銃発砲。
③ 昭和六一年四月二四日午後二時四五分頃、大阪府貝塚市<番地略>所在の黒誠会内結城組事務所へ拳銃発砲。
右事件は、いずれも黒誠会ないしその下部団体が発砲を受けたものであるが、その報復として黒誠会が発砲事件を惹起したかは、検挙されていないため不明である。しかし、後述のように、暴力団の組織維持の理論は暴力そのものであり、その暴力的勢力を他に誇示するために、いわゆる面子を重んじることが至上命令であることから、黒誠会が右発砲事件に対して報復反撃を加えているであろうことは容易に予想できる。
(2) 黒誠会と会津小鉄会系中川組内宮本組対立抗争
昭和六〇年一月頃、倒産会社の整理に介入した黒誠会と会津小鉄会系中川組内宮本組が分配金をめぐって対立し、次の通り合計五件の発砲事件を惹起し、黒誠会組員が中川組舎弟を射殺している。
① 昭和六〇年一月二〇日午後八時五〇分頃、奈良県天理市<番地略>所在の喫茶「R」において、黒誠会組員が発砲し、中川組舎弟を射殺。
② 同月二一日午前六時頃、奈良県磯城郡<番地略>所在の黒誠会内安井組実弟自宅に対し拳銃発砲。
③ 同月二四日午後九時五〇分頃、黒誠会本部事務所に対し拳銃発砲。
④ 同月二五日、宮本組事務所及び宮本組組長経営のレジャーセンターに対し黒誠会組員が拳銃発砲。
三 山口組及び黒誠会と赤心会との関係
1 神戸市に本拠を持つ山口組は、傘下に約七六六団体、構成員約二一一七七名、大阪府下では約一九〇団体、構成員約六四〇〇名を擁する全国最大の広域暴力団であり、黒誠会は前記の通り、山口組内のリーダー的存在である。
2 赤心会会長被告一郎は、前記の通り黒誠会の最高幹部であり、後述するように暴力団はその組織内においても絶対的な上命下服の関係にあることから、黒誠会についていったん抗争事件等が勃発すれば、赤心会が直ちに動員されるのはもとより、山口組と他の暴力団との抗争事件に際しても黒誠会の指揮命令の下に赤心会が先兵として動員されることは火を見るよりも明らかである。
第三 暴力団組事務所が周辺住民に与える危険性
一 犯罪者集団としての暴力団
1 暴力団事務所の問題性は、とりもなおさず、そこを使用する暴力団自体の問題性であり、暴力団事務所の害悪を論ずるには、まず、暴力団というものが如何なる集団であるかが、論じられる必要がある。
2 最近の統計に見る暴力団の害悪
(1) 暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律第二条二号によれば、暴力団とは、「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為を行うことを助長するおそれがある団体を言う。また、警察庁組織令第一〇条の三第二号は、暴力団を、「博徒、的屋等組織又は集団の威力を背景に、集団的に又は常習的に暴力的不法行為を行うおそれがある組織」と定義している。そして、このようにして定義された暴力団は、その高い犯罪性、暴力を背景とする不当な活動の故に、強力な取締の対象として考えられている。前述のとおり、本件被告らは、わが国最大の暴力団組織である山口組の系列にある組織の組長及びその妻であり、それらの統括する団体である赤心会が右に定義された暴力団であることは言うまでもないことである。
(2) 平成元年度警察白書によると、暴力団の検挙人員は、暴力団員が減少しているにもかかわらず、過去二〇年間四〜五万人で推移しており、罪種による暴力団員の占める比率は、例えば、殺人で25.3%、強盗で18.8%、傷害で22.8%、脅迫で64.3%、証人威迫では一〇〇%と、いずれの犯罪においても高い比率を示している。
さらに星野周弘(科学警察研究所防犯少年部長)「暴力団犯罪」捜査研究四六九号によれば、昭和六三年においては、既に記した暴力的犯罪のほか、賭博の三八%、銃砲刀剣類取締法違反の四五%、自転車競技法違反の四一%、競馬法違反の四六%、モーターボート競走法違反の四九%、売春防止法違反の一八%、児童福祉法違反の二五%、職業安定法違反の一五%を行っており(これらの犯罪は暴力団新法で暴力団認定の材料とされている)、多様な形態で犯罪活動を展開していることがわかる。
(3) また、暴力団は、覚せい剤の密売、賭博、ノミ行為、みかじめ料、近時さかんとなってきた民事介入暴力、総会屋、社会運動を標榜するたかり、暴力的地上げ等といった非合法活動を主たる収入源とし、合法的活動を行う場合でも、絶えず暴力的な威迫により自己に有利な解決を追求し、例え、違法といえない活動においても、それは社会規範を逸脱した不当なものであるというのが常態である。
(4) 更に、右のような事情を反映して、組織を構成する暴力団員の約九割が犯罪前歴者であるということを考えあわせると、まさに暴力団は犯罪者集団としてのみ位置付けられるものであり、その社会的な存在意義は皆無であると言わなければならない。
3 暴力団の特性
(1) 右のような犯罪者集団である暴力団は、封建的家父長制を擬した組織を有し、各構成員は、団体内部においては親分である組長の命令に対して絶対的な服従を強いられ、下位の組は、団体間においても、上位の組による命令については、絶対的な服従を余儀なくされる。
そのような統制は、命令の違反者に対する暴力的な制裁をもって維持されており、他方において、幹部、上位団体等による対立団体の襲撃、他人の犯した罪を身代りで服役する等、一般社会においては犯罪的行為とされることが報奨の対象となるなどし、そのような組織維持のあり方自体にも暴力団の反社会性をかいま見ることができる。
(2) 現在の暴力団社会において顕著なことは、山口組・稲川会等の特定の暴力団による大規模な対立抗争の繰返しの中で、他の組織の吸収、対立組織の抹殺が頻繁に行われ、暴力団組織自体の大規模化、系列化が進展しているということであり、この結果、犯罪者集団としての暴力団の市民に与える威力は、ますます増大していると言わなければならない。
(3) また、暴力団の武装化も近時の顕著な傾向である。平成元年度警察白書には、以下のような指摘がなされている。
① 凶悪化する銃器発砲事件
銃器発砲事件の回数は、六〇年度以降年間二〇〇回を超えており、六三年には、二四九回に達している。また、銃器発砲事件による死傷者数は、六三年には死者二八人、負傷者六〇人に達している。さらに、その態様は、単に対立暴力団の関係者に向けられるだけではなく、繁華街や駅のホームで発砲して、一般市民を巻添えにしたり、在日外国公館に対して発砲したり、制服警察官を銃撃するなど、一層凶悪化している。
② 暴力団の武装化の進展
かつては、「拳銃一丁は組員一〇人に匹敵する」と言われていたが、最近では「組員一人に拳銃一丁」とも言われており、実際、準構成員などからの拳銃押収数も増加しているところから、暴力団組織の末端にまでひろく銃器がいきわたっていることが伺われる。また、暴力団が保有・使用する武器についても、拳銃に加えて、より殺傷力の大きい自動小銃などの武器や、手りゅう弾等の爆発物がみられ、暴力団の武装化が一段と進展していることが伺える。
そして、近時は出回っている銃の数が減ってはいないが、暴力団側の密輸の手段が巧妙化しているうえ、隠す場所も組事務所や組員宅ではなく、出入りの店や親類宅などに広がり、摘発が難しくなっているとの指摘もある(朝日新聞一九八九年一〇月一〇日付朝刊下段記事)。
(4) このような傾向が、暴力団組織の大規模化の傾向とあいまって、犯罪者集団たる暴力団の凶悪性を質的におしすすめ、市民に対する脅威を増大させていることは論を待たない。
二 抗争事件発生時における危険性
1 抗争事件発生の必然性
(1) 暴力団が反社会的な組織であり、その組織維持の論理はまさに暴力であり、暴力団による物事の解決には、最終的には暴力的機構が使用される。
(2) 暴力団は、他の暴力団との力関係において決定された勢力範囲(いわゆる縄張)を前提として、資金源活動その他の日常の行動を行うが、組織勢力の拡大・資金源の確保を目指して、絶えず他の暴力団の動向に目を見張り、その弱点を見付けては、自己の勢力の拡大のために行動を起こす傾向にある。
前掲星野論文一三〇頁以下では「暴力団の広域化、系列化は、もう一つ別の問題をもたらしている。これは、各団体の勢力拡大過程において、団体相互間の摩擦が生じやすくなり、対立抗争が激化しつつあるということである。……このような対立抗争の激化は資金源の共通化という現象に基づいている。かつては、博徒には賭博、テキ屋にはショバ代の取立て、愚連隊(青少年不良団)にはゆすり、たかりというように、団体の種別によってそれぞれ独自の資金源がみられていたが、現在では多くの暴力団が、その種別にかかわらず、最も大きな利益を見込める資金源に共通して群がるようになっている。したがって、資金源をめぐる熾烈な縄張争い、対立抗争がいきおい生じやすくなってきている」と書かれる。
とりわけ、これまで異常な組織拡大を遂げてきた広域暴力団の代表である山口組は、今後とも組織力を増強して他団体を吸収して勢力を拡大することを企図していると言われており、そのような進出は、当該地域を勢力範囲としていた他の暴力団にとっては、その勢力の衰退もしくは山口組の軍門に下ることを意味するのであり、そのことに対し抵抗を試みるとき、または、そのような進出に伴い当該地域の勢力図が流動的になるとき、直ちに組同志の抗争事件が発生することは、福島県、札幌市、福岡県、沖縄県における抗争事件が如実に示すところである。
本件赤心会においても、その上位団体である黒誠会が前記のとおり抗争事件を惹起し、一般人を巻き込む可能性が高い凶悪な発砲事件を引き起こしたことで世間の耳目を集めたところであり、黒誠会及びその下部団体である赤心会をめぐる抗争事件の可能性は現実のものである。
(3) また、このような抗争は、地域的な勢力範囲の拡大のみをめぐってのみ発生するものではない。暴力団組織においては、前述のとおり一つの組において、同一の系列に属する各組間において上下の関係に縛られた明確な序列が存在し、その序列の向上は、暴力団集団における自己の地位の向上、上納金等による経済的充足を意味するものであるが、そのような組織における地位をめぐっても抗争は発生する。
この最適な例が、山口組組長の跡目をめぐって繰広げられた山口組と一和会の抗争である。暴力団組織においても、外見上、話合いによる解決がはかられるように見えることはあるが、その話合い自体、そもそも暴力団が背後に有する暴力的威力を前提としたものであり、話合いによる解決の試みは、容易に決裂し、それに不満なものは即座に暴力的手段に訴え、対立抗争事件が勃発することを、右大規模抗争事件とその後の山口組と竹中組との抗争は示すものである。
(4) 右のようにある種の組織的な計画性が存在する場合でなくても、暴力団においては、その暴力的勢力を世間に誇示するために、それを示すような粗暴な振舞を常とし、いわゆる面子に敏感であることから、われわれが日常生活を営む上で我慢して過されることが簡単に対立抗争事件に結び付く。警察白書によると、昭和六三年には対立抗争が、金銭上のトラブル(三件)、ささいなトラブル(一二件)、を理由として発生しており、新聞報道においても、「ゴルフが下手だとばかにされた」ことが猟銃発射といった行動に結び付き(朝日新聞一九八九年五月八日付け、同八月一九日付け)、単なるトラブルが発砲事件という方法により解決が図られる(朝日新聞一九八九年六月二八日付け)等ということが日常的に報道されているのである。
このことは、暴力団による組織的勢力伸張とか、跡目争いといった特定の問題が存在しない場合においても、暴力団の対立抗争の原因は暴力団の存在そのものに内在するものであり、いかなる場所においても、いかなる時でも発生することを物語るものである。
(5) 対立抗争がどのような原因によって発生するにしろ、それは、粗暴な犯罪者集団たる暴力団が、その属性として有する粗暴性に基づくものであり、組織的な原因がない場合でも、常にその発生の危険があることは明白である。
そして、前述した上命下服の厳格な規律により、当該暴力団が広域組織の系列の中で存在しようとするものである以上、当該暴力団が周辺住民に対して迷惑をかけないことを誓約したとしても、一片の上位暴力団による指令で、その約束が反故にされ、または当該組を敵として考える対立組織による襲撃により事実上無意味にさせられることは火を見るより明らかである。とりわけ、被告一郎の統括する赤心会は、絶えずその勢力の拡大を狙う山口組の系列に属し、前述の山口組と一和会との間で行われた、いわゆる「山一戦争」においても、その上部団体である黒誠会が重要な役割を果したとも言われており、前述の拳銃発砲事件に見られるように、今後とも頻発することが予想される山口組をめぐる対立抗争事件の襲撃者となり、被襲撃者となる危険性は十分存在するのである。
2 抗争事件発生による危険性
(1) そして、一度対立抗争が勃発するや、近時の暴力団の武装化の進展に伴い、直ちに拳銃発射、ダイナマイト等の武器による強力な攻撃により殺傷事件が発生することになる。
(2) そのような抗争における攻撃目標は、相手方組員が存在すると考えられるところ場所を選ばないが、とりわけ、対立組員の存在が予想され、対外的な感銘力も強く、対立組の本拠地として最も有効な攻撃対象である組事務所が狙われることは、容易に予測できるところであり、これまでの暴力団の対立抗争の歴史が証明しているところである。
そして、対立組織を撲滅することを目的として強力な攻撃が組事務所等に対し展開されるとき、暴力団において周辺住民の身の安全を保障することは到底不可能であり、善良な市民が巻添えをくい、犠牲となることも、これまで発生した対立抗争事件において明白なところである。
(3) 本件建物が、その構造上、右のような攻撃に対する防御を前提としていることは、第四において後述のところであり、それは、被告ら自身が、本件組事務所が対立抗争の際の攻撃対象となることを自認しているものである。従って、本件建物が、組事務所として暴力団に使用され、そこに組員の存在が予定される限り、周辺住民は絶えず対立抗争の巻添えとなる具体的蓋然性、生命・身体に対する現実的危険性にさらされ、そのような現実のもとで不安な毎日を過すことを余儀なくされるのである。
なお、ドイツ刑法一二九条においては、このような暴力団を組織すること自体が犯罪として禁止されている。同様な措置は、イタリア、アメリカ合衆国、イギリス、カナダ、フランス等に存在する(加藤久雄慶応義塾大学教授「諸外国の『犯罪組織』の現状とその法的対応に関する比較研究」捜査研究四六七号以下及び飯柴政次・千野啓太郎「アメリカにおける組織犯罪対策法制」ジュリスト六〇号等参照)。つまり、暴力団組織は、少なくとも先進国においては、刑罰をもって存在自体を抑止すべき社会的反価値性の強い団体なのである。
三 犯罪実行場所等としての問題性
1 暴力団の行動における組事務所の果す役割
暴力団組事務所は、常に多数の組員が出入りし、当番組員が寝泊りするが、通常、組員はそれぞれの住居を有しており、暴力団事務所は住居としての性格は有していない。むしろ、それは、暴力団の暴力団としての違法活動における組織の指揮命令・連絡の機能的中枢としての役割を果すとともに、本件組事務所のように、外壁を煉瓦でかため、その中に鉄板を入れるような重装備をし、他を威圧する外観を呈することで、組織の勢力を誇示し、暴力団としての意識を高揚させる役割も果たしており、まさに、暴力団は、組事務所の存在ゆえに「犯罪者集団」としての「組織的」性格を維持しているのである。
2 暴力団事務所の常態
そのような組事務所は、一般市民・対立組員を連れ込み、恐喝・監禁を行う場となり、また、事務所内の電話がノミ行為、債権取立て等に使用され、麻薬・覚せい剤を所持した者が出入りし、組織の統制を乱した組員に対する指詰め等の制裁の場となるのである。
また、そこに出入りするものは、前科・前歴を有する犯罪傾向の進んだ者であり、一見して暴力団員として分かるような態度・容姿で住民を威圧し、事務所付近において居住し、また、付近を通行する市民に対して難癖をつけ、罵声を浴びせ、事務所に来集するにおいては、大型外車等を乗り付けて平然と違法駐車をするのが常であり、本件赤心会も右例に漏れるところはなく、既に迷惑行為を行っている。
3 暴力団事務所の住民に対する威圧力
このような暴力団事務所が、それ自体において住民に対する無言の圧力を加えることは自明のことであり、暴力団事務所の存在により、周辺住民は嫌がうえでも暴力団との接触の機会がふえ、種々の軋轢の発生する元となるのであり、前述の抗争事件の勃発に関する問題とともに、住民は絶えず息を潜め、緊張した毎日を送らざるを得なくなるのである。
四 青少年に与える悪影響
1 暴力団による若手組員の必要性
暴力団は、組長を頂点とし、下位構成員を下部組織とするヒエラルヒー構造で形成されており、また、下位構成員から上位構成員に対して上納金が交付されることで、組織としての維持・運営がなされ、幹部組員の生活費・遊興費が捻出されている。従って、暴力団において若手組員を大量に集めることは、組織を維持し、自らの経済的利得を確保するうえでの最重要課題である。暴力団新法一六条でも、暴力団組員の青少年への組織への勧誘は禁止されている。前掲星野論文では、年間の暴力団への新規加入者は四〇〇〇〜五〇〇〇人ほどであり、その大部分が一〇代及び二〇代前半の青少年である。
そして、実際に平成元年二月に実施された警察庁による面接調査によると、対象となった組員の33.3%が一五歳から一九歳までに暴力団に加入し、全体の約七〇%が二四歳までに暴力団に加入しているということであり、組事務所の存在により、青少年が暴力団の組員と接触する機会がふえ、十分な思慮分別のできない青少年が安易に暴力団に加入する可能性も否定できない。
2 その他の悪影響
このような例をあげるまでもなく、三において述べた暴力団組事務所の存在に伴う種々の環境に対する影響は、青少年にとってまさしく深刻であり、本件組事務所が青少年が集る繁華街に位置していることから、その青少年に与える影響はなおざりにできないものがある。角度は異なるが、抗争事件で放置されたと思われる拳銃を児童がおもちゃと考えて引金を引き暴発したという事件も発生している(朝日新聞一九八九年一〇月一〇日付上段記事)。
第四 本件建物が組事務所として利用される危険性・蓋然性
被告らが、本件建物を暴力団組事務所として利用することは、以下に述べるように明らかである。
一 本件建物の構造上の理由
本件建物の客観的構造を施工図面からみると、次のとおりである。
一階 玄関ホール、浴室、洗面所、大小便用トイレ、小便用トイレ、一階洋室中央には、深さ1.5メートルの地下収納庫がある。
二階 洋間、キッチン付き(間仕切りなし)
三階 和室、大小便用トイレ、床の間、仏間、押入がある。襖で一応仕切ってはいるが、ふすまを外せば二二畳の大広間として使える。
四階 洋間、浴室、クローゼットがある。
五階 アトリエ・クローゼットがある。南東角は、ベランダ。南西角は、四階との吹き抜け。
そして、被告春子が、平成三年七月二五日頃、近隣住民に対して本件建物の内部を説明したところによると、
一階は、風呂、トイレ、応接セットを置く
二階は、ダイニング・リビング
三階は、全部和室で間仕切りはない
四階は、子供部屋
五階は、物置にする
となっている。
以上の本件建物の構造からすると、被告ら夫婦と娘二人の家族四人が自宅としてのみ使用するにしては、全く不合理な点が多い。まず、浴室が一階と四階の二箇所ある。トイレが一階に大小便用と小便用が二つあり、さらに三階に大小便用トイレが設置されている。
家族で男性は被告一郎のみであり、かつ、被告一郎は自宅に不在がちであるにもかかわらず、わざわざ被告一郎一人のために小便用トイレを設置する必要があるだろうか。更に加え大小便用トイレが二ついるだろうか。浴室も二ついるだろうか。
被告らは、本件建物新築工事をする主な動機として、家族それぞれの部屋を確保したいということを工事業者に話していた。また、本件建物建築が建築基準法に違反し違法であることを十分承知しておりながら、あえて五階建ての本件建物工事を敢行したのである。四人家族にしては、不相当な数の浴室やトイレを設置し、又、間仕切りのない和室の大広間を作り、なぜあえて違法建築をしてまで、本件建物工事を強行したのか。被告らが本件建物を自宅としてのみ使用する意図であれば、右のような不要なスペースを削り、合法的な枠内で家族個人のそれぞれ部屋を確保する建物は簡単に建築できた筈である。
次に、本件建物の玄関には、下足が五〇足入る下駄箱が設置される。
被告らの建築基準法違反被告事件における警察での供述によると、下駄箱の設置を認めた上で、被告らには、五〇足以上の靴があるので、かように大きな下駄箱が必要であると言訳しているが、およそ到底信用できない。靴が多くても、一度に五〇足の靴を下駄箱に並べる必要はない。やはり、多人数の訪問があることを予定した措置であるに違いない。
本件建物の窓には、すべて強化ガラスが使用されており、また、窓の取り付け状況も自宅として利用するには不可解である。通常、人が自宅として住む場合、採光のため、窓はできる限り広く、多く取り付けたいと考える筈である。
しかし、本件建物は、北側西側の窓は極端に少なく、あっても小さい。また、東側南側の窓は一応各階あるが、一階部分は高いところに小さく設置されている。
窓があるとしても、建物完成後、鉄板で覆うことも可能であり、いずれにせよ、本件建物は、採光を犠牲にした上で、外部からの侵入・狙撃等を防ぎ易い造りになっている。
さらに、本件建物の玄関であるが、まず、シャッターが一番外に設置されている。そして、シャッターの奥にシャッターと方角を変えて玄関扉を設置している。かような玄関扉の設置をしたため、その分建物一階のスペースは小さくなっいる。
こんな個人居宅玄関は、寡聞にして知らない。
被告らは、敷地が約一五坪と狭いけれども、部屋数を増やしたいからと言って建物を高層化しているのに、わざわざ玄関スペースを削り、外側にシャッターを設置している。暴力団組事務所として使用するからこそ、広さを犠牲にし、費用をかけて玄関を厳重にしているに違いない。
一階洋室中央には、深さ約1.5メートル、階段で人が上り下りする様式の地下収納庫が設置されている。
これは、武器収納庫にされる心配がある。また、大きな収納スペースは、組事務所としての使用を念頭に置いたものである。この点、被告らの供述によると、ワインが好きで、いいものがあると買いだめをする事もあるなどと主張されるが、当該収納庫は、ワインを並べて保管できるようなものではない。地下は湿気やすく、ワインの保管には適さない。
ここでも、被告らの供述は信用できない。
また、買いましされた土地には、現在車がとまっているが、道路に面したところに、強固なシャッターを取り付ける鉄柱が現に建築されている。一般の住宅用の駐車場としては、非常に不釣り合いである。
二 組事務所として使用することを伺わせる被告らの供述(対警察)
本件建物工事に関する建築基準法違反被告事件の刑事記録をみると、被告らは、取調べ等において、次のように供述している。
まず、被告春子は、本件建物工事の停止を指導した堺市役所の職員に対して、次のように述べた。
平成二年一〇月三日付け堺市建築局開発調整部監察課田口史郎の供述調書
一四五頁
「七月二日ころ……甲野春子さん……が来庁されましたので事情を聞いたところ……甲野春子さんは、私の世話をする若い衆も沢山居り……それらの事を考えて敷地一杯に建てて欲しいとは依頼したことは間違いない」
被告春子は、本件建物新築をするに至った理由の一つとして、自分の世話をしている若い衆(組員)が沢山いることを挙げている。被告春子は、組長である被告一郎の女房であり、被告春子が若い衆の世話をするということは、若い衆が本件建物に出入りし寝泊りをするということになる。本件建物が被告らの自宅のみならず、組事務所として使用されることは明らかである。
次に、平成三年一月一八日付け被告一郎の供述調書
被告一郎は、本件建物の新築前は、取壊された旧建物を賃借しており、後に所有者から買上げたのであるが、この旧建物について
二三八頁以下、
「この家に私の若い衆を住ませたいのです」
「賃借権が私にあったことからそのまま若い衆に寝泊りをさせていたのです」
この供述は、旧建物に関する供述であるが、新築前の古い木造建物についてさえ、組員である若い衆を寝泊りさせた被告一郎が、新築後の本件建物に、組員を出入りさせず、寝泊りさせない筈がない。旧建物に関する供述からも、被告らが、本件建物を若い組員の拠点、寝泊りの場所、「組事務所として使用することは明らか」である。
三 本件建物が組事務所として使用される事情
(1) 本件建物に関する法律上、経済上の事情
被告らは、本件建物新築が、建築基準法違反の違法なものであることを十分承知しておりながら、また工事着工後は、度重なる堺市からの工事停止命令を無視して本件建物工事を強行した。被告一郎は、建築基準法違反被告事件における警察での取調べで、事業資金等の借金が四億円あることを認めている(平成三年一月一〇日付け被告一郎の司法警察員に対する供述調書第六項以下)。
また、被告一郎は、警察に対して自分には特定の定期収入はないと言う(同調書)。また、本件建物新築工事代金は、約六〇〇〇万円と高額であるが、被告一郎は、これを注文し既に一部代金を支払っている。
そして、同被告事件で逮捕・起訴され罰金刑が確定したあとの平成三年二月一〇日頃、隣地の散髪屋であった土地を代金四〇〇〇万円、それも即金で買受け、これを本件建物敷地とすることにより建築基準法違反の瑕疵を治癒して本件建物建築を続行しようとしている。
被告らが、単に自宅を建築したいということであれば、右のような法律上経済上の無理をしてまで建築する必要はない筈である。単に自宅としてのみならず、組事務所として、違法な暴力団活動の拠点としても、本件建物を使用したいとの意向があるからこそ、無理を承知で本件建物を建築しようとしているに違いない。
(2) 被告一郎が山口組幹部組長であること
前述のとおり、被告一郎は、一八歳の頃から、極道の世界に入り、昭和五四年には、組長として甲野組を起こし、大阪市南区に事務所を構えた。その後、昭和五六年、酒梅組系宇根組との抗争事件を経て組を拡大し、山口組系黒誠会副会長となり、甲野組を赤心会と改名した。
黒誠会会長丁海四郎は、現在山口組若頭補佐、山口組全体の会計を担当し、山口組の最高幹部である。
被告一郎は、昭和六三年黒誠会副会長兼任本部長、平成元年一二月には会長代行、黒誠会では最高幹部の六人の執行部の一人である。また、赤心会自身、組員を約三〇名擁している。被告一郎は、構成員二万余名、日本最大の暴力団山口組内における幹部級組長であり、かような組長においては、運転手ないし当番として常に最低でも二〜三名の組員が組長の傍らから一時も離れないことになっている。
組長の自宅は、別の場所に組事務所があるとしても、組本家として組員が出入りし、寝泊りし、組活動の拠点として使われるのは必定である。
(3) 赤心会の堺進出の事情
赤心会は現在大阪市中央区<番地略>、被告一郎が社主をしているダイワライフ株式会社所有土地建物に組事務所を置いている。
しかしながら、右事務所は広さが、一フロア約八坪程度しかなく、赤心会は、組員が約三〇名いることから、暴力団においては極めて重要な行事である月例会を同事務所では開催できない。
それゆえ、上部団体である黒誠会の大阪市北区中津にある組事務所を借用して行なっている。被告一郎としては、当然月例会を自前でやりたいと思っている筈であり、この点、本件建物であれば、これが可能となる。前記のとおり、本件建物三階和室は、間仕切りがなく、二二畳のスペースがある。赤心会組員が約三〇名としても、この広さであれば十分月例会が開催できる。
また、本件建物のある堺市は、大和川以南では、最も暴力団(組関係者)が多い地区であり、昔から抗争事件がよく発生している(平成三年七月二日付け読売新聞)。堺市は、売春、覚醒剤の販売等がしやすい状況があるため、暴力団にとって、いわゆるしのぎのしやすい、稼ぎがしやすい地域となっている。更に平成六年開港予定の関西新国際空港、南海電鉄堺駅付近の都市再開発等のプロジェクトがあり、不動産の地上げ等暴力団が入りこみ不当な利益を上げる機会が増えている。
右のような状況からか、近時、堺市には、暴力団組事務所が増える傾向にある。また、暴力団事務所の移転先として堺が選ばれることが多い。
ところで、関東地方と異なり、関西地方では暴力団には格別縄張というものがない。暴力団が同一地域内に複合的に存在している。それゆえ、堺市には既に暴力団山口組系の二次団体だけで四つあるが(平沢組、玉池組、難波安組、古庄組)、他の山口組系暴力団が進出を控えるということはない。山口組系黒誠会は、近時極めて活動が活発であり、黒誠会に所属する被告一郎の赤心会が堺に進出することは十分考えられる。
四 被告らの組事務所には使用しない旨の一部住民に対する供述は信用できない
被告らは、建築基準法違反被告事件における警察での取調べ、又、附近住民に対する説明においては、本件建物は組事務所としては使用しない旨再三述べている。
しかし、被告らのかような供述が、到底信用できないことは、既に述べた点から明らかである。ここでは、更に被告らの供述全体が信用できないことを示す他の事情を述べる。
まず、被告らは、本件建物が建築基準法に違反することを十分承知しておりながら、本件建物新築に着手した。そして、工事期間中は、監督官庁である堺市からの文書及び口頭による工事停止命令を完全に無視して工事を続行した。停止命令は、再三再四にわたったが、その間、是正する意思がないにもかかわらず合法建築に設計変更するなどと堺市に言訳し、代理人を立てたり設計変更図面を示したりして、時間を稼いだ。とにかく建物が完成すれば勝ちだと考えたのである。
結局、被告一郎が、建築基準法違反で逮捕・起訴される(平成二年一〇月一四日付け読売新聞、平成二年一二月一二日付け毎日新聞)に至って初めて工事は中止された。しかし、その後も堺市の工事停止命令が解除されていないにもかかわらず、夜にこっそり工事を再開するなどしており、被告らには、遵法精神が全くない。
また、被告らの遵法精神の欠如は、次の事実からも明らかである。
まず、被告らは、昭和四六年二月九日、婚姻届出をしたが、昭和五三年六月二日付けで協議離婚届出を出している。これは、一種の偽装離婚であり、当時被告一郎の土建業が倒産したため、財産隠しを行なうために離婚したことにしたのである。
そして、昭和六一年八月五日付けで被告らは、再度婚姻届出を出したが、平成二年一〇月一六日付けで又もや協議離婚届出を出した。被告らによると、今回建築基準法違反被告事件で世間を騒がせたことから離婚したとのことであるが、これも偽装離婚というほかない。これら離婚期間中も、被告らは実際上は同居し、夫婦であることに変りはない。これも、四億円の借金の債権者から財産を隠す趣旨であったとも考えられる。
真実離婚する意思がないのに、便宜上離婚するのは、明らかに法の精神を踏みにじる。又、被告一郎が実際上は社主で、被告春子が代表者代表取締役をしている株式会社プランニングエムがある。これは、商業登記簿謄本によると、本店が大阪市浪速区<番地略>△△プラザ四〇五号にあり、会社目的は、労働者派遣事業法に基づく労働者派遣事業となっている。
しかし、右会社は、労働者派遣事業の許可、及び有料職業紹介の許可を受けていない。また、特定労働者派遣事業の届出もなしていない。にもかかわらず、コンパニオン派遣業を現在営業中であり、ここでも違法行為をしている。
以上、被告らには、およそ遵法精神はないのであり、被告らが、本件建物を組事務所にしないと言ってもこれを信用してはならない。
第五 人格権に基づく差止め
一 平穏な生活に対する侵害
被告一郎が主宰する赤心会が暴力団そのものであり、反社会的常習的犯罪者集団であること、被告一郎が本件建物を物理的にも機能的にも暴力団事務所として使用しようとしていることは明白である。
本件建物が暴力団の本部事務所として使用されている結果、暴力団には宿命的とも言える抗争事件の際には、第一次的攻撃目標となり、原告ら周辺住民がその巻添えとなったり、敵対する暴力団組員と間違えられ襲撃される危険性は極めて高い。
特に最近激増している発砲事件の態様からして、今後もいつ本件建物周辺に対する発砲事件が生じるか、看過しえない状況と言える。本件建物は、現実には山口組の大阪南部の拠点たる可能性もあり、象徴的存在として攻撃目標になることすら考えられるものなのである。
そして、新たな利権があるところ、抗争が生じやすいことは、いわゆる仁義なき戦いとよばれる広島戦争の発端から考えても明らかであろう。そして、原告らの生命・身体が傷つけられた場合、それが回復できないものである可能性は十分ある。そのため、原告らは、日々社会生活上の不安感・危機感を抱くことを強いられている。
本件建物には、(中央区の赤心会の現在の状態と同様)、日常的に一見して暴力団員とわかる容姿・態度の同一家組員ないし暴力団関係者が付近住民を鋭い眼光でにらみ、威圧しながら出入りあるいは集結する。火のついたタバコを隣家になげこんだり、公道上の大小便の垂れ流し、高級外車等の違法駐車、ごみの不法投棄、深夜のカーステレオの騒音等が予想される。
以上の事実に指摘されるとおり、原告ら本件建物の周辺住民は、日常的・恒常的に耐え難い精神的苦痛に悩まされており、しかも、その不安は本人以外の家族をも直撃するものなのである。
被告らの精神的自由・生活上の平穏に対する侵害はきわめて重大である。
二 人格権に基づく差止請求権
本件建物周辺に居住し、あるいは営業をしている住民である原告らは、本件建物が赤心会の事務所として使用されることから多くの不安と損失を受ける危険がある。
原告らは、いつあるかわからぬ発砲事件に毎日怯えて生活するのであり、法治国家としてありうべからざる状況のもとに、その生活を余儀なくされる。このような状況のもとにおいては、原告らは、人間として当然に有すべき固有の権利たる人格権に基づき赤心会の主催者である被告一郎及び本件建物の所有者である被告春子に対し、本件建物を暴力団事務所として使用することの差止めを請求できる法律上の権利を有するというべきである。組事務所としての本件建物の存在自体が、原告らの身体・生命・財産に直接の危険を及ぼすのである。
右人格権は、所有権と並ぶ重要な権利であると考えられるから、所有権者と同様、妨害予防請求権を有する。本件の場合の人格権とは、生命・身体に対する危害を防止する権利である。暴力団組事務所の周辺住民が被害を受けた例については、枚挙にいとまがない。このような事態になることは断固阻止しなければならない。本件建物を暴力団が占拠すること自体たいへん危険なのである。
なお、権利と権利(本件では人格権と所有権)が衝突する場合に、利益衡量に基づいて差止めが認められるというのは、末川博先生の不法行為における相関関係理論から派生する、むしろ伝統的な概念であり、舟橋諄一の「物権法」昭和三六年有斐閣法律学全集でも展開されたものであり、舟橋諄一「物権的請求権理論の批判補説」法学教室六八号(一九八六年五月)でも述べられている。
被告には本来、本件建物を暴力団組事務所として使用する権利は存在しない。本件建物について暴力団組事務所としての使用を禁止されたからといって、被告らに侵害される法益はない。又、既に使用しているものを禁止されるのと、まだ使用していないものを禁止されるのとでは、後者の方が法益の侵害は低い筈であり、よりゆるやかな要件でより厳しい処分を認めてよい。
さらに、所有権の内容は当該物件の使用・収益・処分その他であるが、原告ら住民は、被告らの正当な使用・収益・処分権能を奪おうとしているのではなく、使用権能のなかでも違法な不正使用である暴力団組事務所としての使用をやめてくれ、というささやかな願いなのである。原告らと被告らのどちらの利益が優越するかは明らかである。
従って、利益衡量がそれを認める場合には、人格権に基づく所有権に対する使用・収益の差止めが認められるのは当然の法理なのである。
なお、仮に、被告らが本件建物から退去したとしても、上部団体が再び本件建物を占拠する可能性がある。赤心会は山口組の三次団体であり、本件建物を被告一郎や被告春子が使用できなくなっても、上位の団体が使用する蓋然性が高い。
また、被告一郎は昨年の逮捕の時点で四億円の借金があったものであり、本件建物の建設資金については上部団体の援助があったこと、実質上の所有者は上部団体であることが予想される。被告一郎は既に偽装離婚等名義を偽ったこともあるのであり、使用禁止を潜脱するためには、他人の名義を借りる可能性もある。
従って、赤心会のみならず黒誠会、山口組あるいは他の名義人の占有も排除するのでないと、組事務所としての使用禁止の実効性は期待できない。
さらに、原告ら(その一部が債権者として)は、平成三年八月五日付けで、被告らに対して、本訴とほぼ同趣旨の仮処分の申立をし、平成三年九月三日、これをほぼ認容する仮処分決定が出されている。
第六 よって、原告らは、被告らに対して、人格権に基づき請求の趣旨記載の判決並びに仮執行宣言を求める。
別紙物件目録
堺市三宝町一丁一四番四七所在
鉄骨造陸屋根五階建(未登記)
床面積 一階 41.49平方メートル
二階 45.62平方メートル
三階 45.62平方メートル
四階 45.62平方メートル
五階 33.17平方メートル
延床面積 211.52平方メートル
別紙図面<省略>